テーブルの上に広げられた資料一式を、真魚は渋い表情で見下ろしていた。唇を軽く噛み締め、眉間には薄っすらと皺まで寄っている。
返事のない真魚の顔を見上げた氷川は、流石にその表情から心境を察した。
「あ、もし嫌でしたら、僕だけで頑張ってみます。ただ、かなり時間が掛かってしまうかもしれませんが・・・」
氷川に他意が全く無いのは分かっていた。そして、彼が提案してきた方法が一番手っ取り早い事も。
しかし真魚はアンノウン事件以来力を使わない様にしてきたし、使いたくはなかった。ある程度は制御できるが、ふとしたきっかけで暴走してしまうのだ。平和になったにも関わらず、ほんの小さな暴走で辛い思いもしてきた。
だが今はそんな私事を優先させている場合ではない。大きく深呼吸をすると、真魚は真っ直ぐな瞳で氷川を見詰めた。
「・・・分かりました。翔一くんの為ですもんね、頑張ります。」
「お願いします。」
真魚の決心を氷川は真摯に受け止める。そして鞄の中からもう一つ資料を出してテーブルの上に置いた。
「・・・エプロン?」
あまりに意外な物の出現に真魚は目を丸くさせた。
「多分これは津上さんがいつも使ってたのだと思うんですけど、これでいいですか?」
「これをどうして・・・お店の中に入れたんですか?」
「僕は真魚さんよりほんのちょっとだけ、使える力があるんですよ。」
優越感漂う表情を見せながら、氷川は懐から警察手帳をチラリと見せた。
「それって、職権乱用なんじゃないですか?」
「そ、そんな事はないです。先刻も言いましたが、これは今の僕の仕事の・・・」
「はいはい、分かりました。」
悪戯っぽい笑顔を氷川に向けつつ、真魚はエプロンを取り上げ、右手を上から翳すと目を閉じて神経を集中させる。氷川は真魚の邪魔にならない様に、呼吸と動きを止めた。
スマートブレイン社の屋上。
吹き荒ぶ風をものともせずに闇の力が立っている。相変わらず澄んだ瞳で下界を見下ろしているが、何かの気配を感じたのか視線を上げる。それと同時に、側に控えていた火のエルがある方向を向いて低く唸り声を上げた。
「この力は・・・」
微かに覚えのある感じであると、闇の力は記憶の中を探り始める。そこへ、ドアを開けてバラのタトゥの女が姿を見せた。
美杉邸の居間では、まだ真魚がエプロンに手を翳して精神を集中させていた。
暫くして、真魚の口が動く。
「大きな森・・・その向こうの山の中・・・川・・・国道が近くに見える・・・病院・・・大きな病院・・・」
氷川は真魚の漏らす一字一句を逃さずメモに取る。
「場所は分かりませんか?」
氷川が大きく地図を広げると、真魚は目を開けて凝視する。そして地図の上に手を翳して、滑らせる様にゆっくりと動かした。
ある地点で真魚の手が止まる。が、再び動き出し、円を描いた。
「・・・多分・・・この辺り・・・」
「分かりました。直ぐに調べます。」
地図の縮尺からするとかなり広い範囲だが、氷川の目に諦めの色は無い。真魚の指した辺りに鉛筆で丸を付けると、手早く資料を片付けて席を立った。
「何か分かったら連絡しますね。」
そう言い残すと居間を出て行く。真魚はその後を慌てて追い掛けた。
「氷川さん、もし翔一くんが見付かったら・・・もし、お邪魔でなかったら、私も連いていっていいですか?」
不安げな問いに、氷川は振り返りつつ笑顔を見せた。
「勿論。こちらからお願いしますよ。」
もう一度笑顔を見せると、氷川は会釈をして美杉邸を後にした。真魚はそれを見送りながら安堵の溜息を小さく吐いた。
とある病院。
病室のベッドの上に翔一が横になって眠っている。その寝顔は穏やかであった。
すると、病室のドアがそーっと音も無く開いた。その隙間から顔を覗かせたのは良太郎である。
「失礼しまーす。」
蚊の鳴く様な声で挨拶すると、慎重な足取りで入ってきた。ゆっくりと歩を進めながら室内を見回す。付き添いの姿が見当たらないのを確認すると、翔一が横たわるベッドの横に立った。
そーっと翔一の顔を覗き込む良太郎。探る様に寝顔を見詰める。
「ぐっすり眠ってるね。」
『起こせ。話を聞かないといけないんだからよ。』
デンライナーの食堂車からモモタロスが激を飛ばす。
「でも、折角気持ちよさそうに寝てるのに、起こしたら悪いよ。」
『そんな事言ってる場合か?』
翔一を起こさない様に小声でモモタロスを止める。そのせいで、音も無く背後から近寄る影に良太郎は気付かなかった・・・。
こちらは<私小説>であり、石ノ森プロ、テレビ朝日、東映とは一切関係ありません
その他、経緯や詳細については企画書を御参照下さい
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更新履歴 第51話〜第100話
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2009年07月09日
2009年07月07日
第109話 鬼の子たち
ヒビキはゆっくりと大きな声でイブキに語りかけた。
「イブキ、お前は魔化魍にやられたんじゃないんだな?」
イブキは薄く目を開けて、力なく頷く。
「もしかして・・・お前を襲ったのは、化け物に変化する女と、トカゲみたいな奴じゃなかったか?」
さらに何度も頷く。そして握ってくる手に力が少しずつ入ってくる。
ヒビキは悪夢を確信してしまった。多分イブキを襲ったのは、自分達を襲ってきたあの異形達だ。ヒビキ達を取り逃がした後、何らかの偶然でイブキと出会い、攻撃したに違いない。どんな理由で、何の目的で自分達を襲うのか皆目検討がつかなかったが、悪意が自分達“鬼”に向けられているのは明白だ。
「・・・皆が危ない。」
ヒビキはイブキの手をそっと戻すと、駆け出し、病室を後にした。
病院の建物を出たところでヒビキは急いで携帯を懐から取り出し、慣れた手つきでダイヤルする。呼び出し音が鳴っている間、苛々とした様子でウロウロと歩いている。
「早く出てくれ・・・」
ヒビキが呟いたと同時に受話器から声が聞こえた。
「もしもし、香須実?ちょっと聞きたいんだけど!」
香須実は怪訝そうに聞き返してきたが、それに構わずヒビキは言葉を続ける。
「シフト表で、今日、魔化魍退治に出てる奴を確認してきてくれ。急いで!」
電話の向こうの香須実はヒビキの剣幕に半ば驚いた様子であったが、すぐに保留音を鳴らした。いつもならほんの少しの時間でしかないのだが、ヒビキは何時に無く落ち着きの無い状態で待っている。
やっと戻ってきた香須実の返答を聞いたヒビキは思わず鸚鵡返しをした。
「今日はトドロキだけ出てるって?他の皆は?」
受話器からは他の鬼のスケジュールを読み上げる香須実の声が淡々と聞こえてきた。その全てを理解すると、ヒビキは一瞬考えただけで矢継ぎ早に指示を与えた。
「今からトドロキに連絡して、直ぐにそこを離れる様に伝えるんだ。他の奴にも決して独りで行動しないように伝えてくれ。」
明らかに合点がいかない香須実の大きな声が聞こえてくる。しかしヒビキはそれに怯まない。
「いいから俺の言う通りにしてくれ!でないとトドロキがイブキの二の舞になるぞ!」
香須実の息を呑む気配が伝わってくる。
「・・・頼んだよ。」
返事を待たずに通話を切ると、一つ大きく呼吸する。
「頼む・・・無事でいてくれ・・・トドロキ・・・」
とある山中。
川原にテントが張ってあり、そこから程なく離れた処にトドロキが立っている。ディスクアニマルの報告を聞いているようだ。
テントの向こう側にあるテーブルセットの上に置いてある携帯がチカチカ光るが、ディスクアニマルに集中しているトドロキはそれに気付かない・・・
美杉低。応接間のソファに氷川がかしこまって座っている。
そこへ真魚がコーヒーを持ってきた。繊細なデザインのカップではなく、どちらかと云えば無骨な感じのするマグカップである。氷川の不器用さへの配慮か、二人の間の距離の現れなのかは分からないが、真魚の氷川に対する意識は感じ取れる。
「すみません、お仕事でお忙しいのに無理言って。」
「いいえ。もし津上さんが何かに巻き込まれているとしたら、今僕が出向している部署の管轄になると思います。」
「それって・・・」
「細かい処まではお話できませんが、他言無用にお願いします。」
いつになく真剣な表情で居住まいを正す氷川に対し、真魚も真摯に頷いた。
氷川はざっくりと不可能犯罪対策室について話し出した。何故自分が香川から出向してきたのか、そして大まかにだが今の自分の役目等、真魚になら話しても問題ないと思われる範囲で説明した。
嘗て、アンノウン事件で何度も手助けして貰い、終いには事件の真っ只中に居た真魚である。一般人なら首を傾げてしまう事でも、彼女ならちゃんと理解してくれる筈だ。その意識があったせいか、氷川は気付かないうちに結構深い処まで話していた。不可思議事件の案件郡や、今は門外不出のG9シスムの事まで・・・。
「お陰で小沢さんや尾室さんとも再会出来ました。」
「良かったですね。」
昔通りの無邪気な笑顔を見せる氷川に、真魚は天使の微笑みを返した。その眩しさに氷川はハッとすると、慌てて足元に置いた鞄に手を伸ばした。
「早速ですが、始めましょうか。」
鞄かららは書類やら地図やらが次々と出てくる。それを見て真魚はこれから何が起きるのか不安になった。
「始めるって、何をですか?」
「津上さんが行方不明になったのだとしたら、警察にも追跡は不可能だと思います。ですから真魚さんの力を使った方が確実だと思うんです。」
「はぁ・・・」
やや強引に話を進める氷川に気付かれない様に、真魚は小さく溜息を吐いた。
「イブキ、お前は魔化魍にやられたんじゃないんだな?」
イブキは薄く目を開けて、力なく頷く。
「もしかして・・・お前を襲ったのは、化け物に変化する女と、トカゲみたいな奴じゃなかったか?」
さらに何度も頷く。そして握ってくる手に力が少しずつ入ってくる。
ヒビキは悪夢を確信してしまった。多分イブキを襲ったのは、自分達を襲ってきたあの異形達だ。ヒビキ達を取り逃がした後、何らかの偶然でイブキと出会い、攻撃したに違いない。どんな理由で、何の目的で自分達を襲うのか皆目検討がつかなかったが、悪意が自分達“鬼”に向けられているのは明白だ。
「・・・皆が危ない。」
ヒビキはイブキの手をそっと戻すと、駆け出し、病室を後にした。
病院の建物を出たところでヒビキは急いで携帯を懐から取り出し、慣れた手つきでダイヤルする。呼び出し音が鳴っている間、苛々とした様子でウロウロと歩いている。
「早く出てくれ・・・」
ヒビキが呟いたと同時に受話器から声が聞こえた。
「もしもし、香須実?ちょっと聞きたいんだけど!」
香須実は怪訝そうに聞き返してきたが、それに構わずヒビキは言葉を続ける。
「シフト表で、今日、魔化魍退治に出てる奴を確認してきてくれ。急いで!」
電話の向こうの香須実はヒビキの剣幕に半ば驚いた様子であったが、すぐに保留音を鳴らした。いつもならほんの少しの時間でしかないのだが、ヒビキは何時に無く落ち着きの無い状態で待っている。
やっと戻ってきた香須実の返答を聞いたヒビキは思わず鸚鵡返しをした。
「今日はトドロキだけ出てるって?他の皆は?」
受話器からは他の鬼のスケジュールを読み上げる香須実の声が淡々と聞こえてきた。その全てを理解すると、ヒビキは一瞬考えただけで矢継ぎ早に指示を与えた。
「今からトドロキに連絡して、直ぐにそこを離れる様に伝えるんだ。他の奴にも決して独りで行動しないように伝えてくれ。」
明らかに合点がいかない香須実の大きな声が聞こえてくる。しかしヒビキはそれに怯まない。
「いいから俺の言う通りにしてくれ!でないとトドロキがイブキの二の舞になるぞ!」
香須実の息を呑む気配が伝わってくる。
「・・・頼んだよ。」
返事を待たずに通話を切ると、一つ大きく呼吸する。
「頼む・・・無事でいてくれ・・・トドロキ・・・」
とある山中。
川原にテントが張ってあり、そこから程なく離れた処にトドロキが立っている。ディスクアニマルの報告を聞いているようだ。
テントの向こう側にあるテーブルセットの上に置いてある携帯がチカチカ光るが、ディスクアニマルに集中しているトドロキはそれに気付かない・・・
美杉低。応接間のソファに氷川がかしこまって座っている。
そこへ真魚がコーヒーを持ってきた。繊細なデザインのカップではなく、どちらかと云えば無骨な感じのするマグカップである。氷川の不器用さへの配慮か、二人の間の距離の現れなのかは分からないが、真魚の氷川に対する意識は感じ取れる。
「すみません、お仕事でお忙しいのに無理言って。」
「いいえ。もし津上さんが何かに巻き込まれているとしたら、今僕が出向している部署の管轄になると思います。」
「それって・・・」
「細かい処まではお話できませんが、他言無用にお願いします。」
いつになく真剣な表情で居住まいを正す氷川に対し、真魚も真摯に頷いた。
氷川はざっくりと不可能犯罪対策室について話し出した。何故自分が香川から出向してきたのか、そして大まかにだが今の自分の役目等、真魚になら話しても問題ないと思われる範囲で説明した。
嘗て、アンノウン事件で何度も手助けして貰い、終いには事件の真っ只中に居た真魚である。一般人なら首を傾げてしまう事でも、彼女ならちゃんと理解してくれる筈だ。その意識があったせいか、氷川は気付かないうちに結構深い処まで話していた。不可思議事件の案件郡や、今は門外不出のG9シスムの事まで・・・。
「お陰で小沢さんや尾室さんとも再会出来ました。」
「良かったですね。」
昔通りの無邪気な笑顔を見せる氷川に、真魚は天使の微笑みを返した。その眩しさに氷川はハッとすると、慌てて足元に置いた鞄に手を伸ばした。
「早速ですが、始めましょうか。」
鞄かららは書類やら地図やらが次々と出てくる。それを見て真魚はこれから何が起きるのか不安になった。
「始めるって、何をですか?」
「津上さんが行方不明になったのだとしたら、警察にも追跡は不可能だと思います。ですから真魚さんの力を使った方が確実だと思うんです。」
「はぁ・・・」
やや強引に話を進める氷川に気付かれない様に、真魚は小さく溜息を吐いた。
2009年06月09日
第108話 負傷者たち
ヒビキと真司は両側から巧を支えながら病院の中に入った。するとその様を見付けた警備員が慌てて駆け寄り、二人を手伝う。
「ああ、すまない。」
「ヒビキさん、新しいお弟子さんですか?」
「いやまぁ・・・そんなもんだ。」
警備員と親しく会話をするヒビキを横目で盗み見る真司。この人も違う意味で得体が知れないなと思い始めていた。
すると、それに気付いたのか、警備員が真司に話し掛けて来た。
「君は初めて見る顔だけど、猛士?」
「はぁ?」
問いの意味が分からず、真司は素っ頓狂な声を上げた。
「あぁ、まぁ・・・そんなもんだ。」
慌ててヒビキが割って入る。話題を逸らす為に更に言葉を続けた。
「もう準備は出来てるのかな?」
「第5診察室にお通しする様に連絡が来てます。」
「ありがとう。」
巧を運びながらヒビキは真司の方へ顔を向け、ちょっと考えた。そして結論は出たが、渋い表情をしている。
「真司、悪いがこのまま巧くんを連れて行ってくれないか?俺はイブキの様子を見てくる。」
「え?えぇ?」
真司があからさまに動揺する。
「大丈夫だ。ついてくだけでいいから。」
「はぁ・・・。」
「頼んだぞ。」
ヒビキが抱えていた巧の腕を真司に引き渡す。それと同時に身を翻して歩き出した。
「ヒビキさん、イブキさんはいつもの病棟です!」
警備員の声を背中で受け取ると手を高く掲げて決めポーズを取り、そのまま足早に去っていった。
置いていかれた真司は何とも居心地が悪かったが、今はそんな事を言っている場合でないのは分かっていたので、黙って警備員の指示に従った。
病室。
ベッドの上でイブキが横になっている。口には酸素吸入器が宛がわれ、頭や顔には包帯が幾重にも巻かれていた。ほんの少し覗いている頬は、無残にも焼け爛れていた。
看護婦が諸々の準備をしているところへヒビキが入ってきた。
「お世話になります。」
軽く頭を下げると、素早くイブキの元へ歩み寄った。
「御苦労様です。お荷物、お預かりしますね。」
看護婦が優しくヒビキの手から鞄を受け取り、ロッカーの下に置いた。その間もヒビキはイブキの顔を覗き込んで様子を見ていた。
「イブキの状態はどうなんですか?」
「先生が直接お話したいとおっしゃってましたから、私からは・・・」
「じゃ、ちょっと行って来ます。先生は今どちらに?」
「多分第5診察室だと思います。」
看護婦が言い終わるが早いかヒビキは踵を返した。だがその時、イブキが呻き声を上げた。ヒビキの脚は反射的に止まり、翻ってイブキの側へ寄る。
「おい、イブキ、大丈夫か?しっかりしろ!」
「ヒ・・・ビキ・・・さん・・・」
イブキの声は擦れ、今まで聞いた事も無い様な弱々しいものであった。
宗家の鬼という意識もあったが、鬼の先輩でもあった兄が魔化魍に倒されてからは、イブキはいつも自分を厳しく鍛えていた。その為か、他の鬼に比べて大怪我をする事が無かった。こういった形での入院は初めてであろう。
ヒビキの記憶の中にも、ここまで手酷くやられたイブキの姿は無かった。だからこそ、一層痛々しく感じる。
「す・いま・・・せん・・・」
「無理して喋らなくていいから。今は安静にしてるんだ、いいな。」
搾り出す様に言葉を紡ぐイブキをヒビキは制した。そして病室を出ようと振り返ったが、その手をイブキが掴んできた。力は入ってなかったが、並々ならぬ意思を感じる。ヒビキはその手を取り、イブキの口元に顔を近付けた。
「どうした?」
「あぶ・・・ない・・・」
「何が危ないんだ?」
「トド・・・ロ・・・キ・・・」
「トドロキが?何でトドロキが危ないんだ?」
「まか・もう・・じゃ・・・ない・・・」
「魔化魍じゃない?一体どういう意味だ?」
「ばら・・・の・・・は・・・な・・・」
イブキの必死の訴えに、ヒビキの中で一つの結果が導き出された。
「ああ、すまない。」
「ヒビキさん、新しいお弟子さんですか?」
「いやまぁ・・・そんなもんだ。」
警備員と親しく会話をするヒビキを横目で盗み見る真司。この人も違う意味で得体が知れないなと思い始めていた。
すると、それに気付いたのか、警備員が真司に話し掛けて来た。
「君は初めて見る顔だけど、猛士?」
「はぁ?」
問いの意味が分からず、真司は素っ頓狂な声を上げた。
「あぁ、まぁ・・・そんなもんだ。」
慌ててヒビキが割って入る。話題を逸らす為に更に言葉を続けた。
「もう準備は出来てるのかな?」
「第5診察室にお通しする様に連絡が来てます。」
「ありがとう。」
巧を運びながらヒビキは真司の方へ顔を向け、ちょっと考えた。そして結論は出たが、渋い表情をしている。
「真司、悪いがこのまま巧くんを連れて行ってくれないか?俺はイブキの様子を見てくる。」
「え?えぇ?」
真司があからさまに動揺する。
「大丈夫だ。ついてくだけでいいから。」
「はぁ・・・。」
「頼んだぞ。」
ヒビキが抱えていた巧の腕を真司に引き渡す。それと同時に身を翻して歩き出した。
「ヒビキさん、イブキさんはいつもの病棟です!」
警備員の声を背中で受け取ると手を高く掲げて決めポーズを取り、そのまま足早に去っていった。
置いていかれた真司は何とも居心地が悪かったが、今はそんな事を言っている場合でないのは分かっていたので、黙って警備員の指示に従った。
病室。
ベッドの上でイブキが横になっている。口には酸素吸入器が宛がわれ、頭や顔には包帯が幾重にも巻かれていた。ほんの少し覗いている頬は、無残にも焼け爛れていた。
看護婦が諸々の準備をしているところへヒビキが入ってきた。
「お世話になります。」
軽く頭を下げると、素早くイブキの元へ歩み寄った。
「御苦労様です。お荷物、お預かりしますね。」
看護婦が優しくヒビキの手から鞄を受け取り、ロッカーの下に置いた。その間もヒビキはイブキの顔を覗き込んで様子を見ていた。
「イブキの状態はどうなんですか?」
「先生が直接お話したいとおっしゃってましたから、私からは・・・」
「じゃ、ちょっと行って来ます。先生は今どちらに?」
「多分第5診察室だと思います。」
看護婦が言い終わるが早いかヒビキは踵を返した。だがその時、イブキが呻き声を上げた。ヒビキの脚は反射的に止まり、翻ってイブキの側へ寄る。
「おい、イブキ、大丈夫か?しっかりしろ!」
「ヒ・・・ビキ・・・さん・・・」
イブキの声は擦れ、今まで聞いた事も無い様な弱々しいものであった。
宗家の鬼という意識もあったが、鬼の先輩でもあった兄が魔化魍に倒されてからは、イブキはいつも自分を厳しく鍛えていた。その為か、他の鬼に比べて大怪我をする事が無かった。こういった形での入院は初めてであろう。
ヒビキの記憶の中にも、ここまで手酷くやられたイブキの姿は無かった。だからこそ、一層痛々しく感じる。
「す・いま・・・せん・・・」
「無理して喋らなくていいから。今は安静にしてるんだ、いいな。」
搾り出す様に言葉を紡ぐイブキをヒビキは制した。そして病室を出ようと振り返ったが、その手をイブキが掴んできた。力は入ってなかったが、並々ならぬ意思を感じる。ヒビキはその手を取り、イブキの口元に顔を近付けた。
「どうした?」
「あぶ・・・ない・・・」
「何が危ないんだ?」
「トド・・・ロ・・・キ・・・」
「トドロキが?何でトドロキが危ないんだ?」
「まか・もう・・じゃ・・・ない・・・」
「魔化魍じゃない?一体どういう意味だ?」
「ばら・・・の・・・は・・・な・・・」
イブキの必死の訴えに、ヒビキの中で一つの結果が導き出された。
2009年06月01日
第107話 再び病院へ
「イブキは無事なのか?」
優しくも力強いヒビキの言葉が香須実に問うと、やっとの思いといった風で答えが返ってきた。
「命は取り留めたんだけど・・・全身酷い火傷で、入院したって・・・」
「いつもの病院か?」
「ええ・・・」
「じゃあ俺が代わりに言ってくる。」
そう言いながらヒビキは香須実が準備していた荷物を引き取る。
「でも・・・」
「実はもう一人、お世話になるのが居てね。」
「え?」
「病院に連絡しといてくれ、俺がもう一人急患を連れて行くって。頼むよ。」
決めポーズもそこそこに出て行くヒビキの背中を目で追いながらも、香須実それを引き止められないでいた。しかし今は取り敢えずヒビキに任せようと気を取り直し、香須実は受話器を取り上げる。
慌しく車に乗り込むと、ヒビキは間髪入れずに車を出発させた。
「ヒビキさん、俺、待ってる間に思ったんだけど、こいつ、保険証とか持ってるのかな?てゆーか、持ってたとしても、病院で何て説明するんすか?得体の知れない化け物にやられたって言うんすか?」
真司は身体中突っ張りながら叫ぶ様にヒビキに聞いてきた。
「大丈夫だ。真司が心配してる事を全てふっ飛ばして診察してくれる病院があるんだ。」
「まじっすか?」
ヒビキが答えた内容もそうだが、運転に集中してどうせ答えてなんかくれないだろうと思っていた真司は酷く驚いた。暫く運転していた事で慣れてきたのかもしれないとその顔を覗いてみたら・・・相変わらず険しい表情で前方を凝視していた。それを確認すると、まだまだ完全に安心できないと真司は思い直した。
「だけど、これも俺の秘密の一つなんだ。決して誰にも言わないでくれよ。」
「はい。」
「ところで、巧くんの様子はどうだ?」
チラッとも振り向けないヒビキの代わりに真司が後部座席に若干身を乗り出して確認する。
「相変わらずっす。微動だにしないけど、息はしてます。」
もしかして運転に慣れてきたのは真司の方かもしれない。
「そっか・・・」
「てゆーか、ヒビキさん?」
「ん?」
「何でこいつは“くん”付けで、俺は呼び捨てなんですか?」
「何だ、焼きもちか?」
「いや、別にそんなんじゃ・・・」
「雰囲気だよ、雰囲気。男がいちいち細かい事気にするな。」
「・・・」
ムスっとした顔をして真司は口を噤んだ。見なくてもその表情が雰囲気で分かったヒビキはクスリとした。
程なくして、ヒビキの運転する車は病院に到着する。一般の患者が往来する正面ではなくて、救急車や関係者が出入りする裏口に車を停める。
真司は何故こんな処に停めるのだろうと不思議に思ったが、ヒビキには何か考えがあるのかもしれないと、敢えて問い質しはしなかった。
しかしそれは的を得ていた。鬼達の負傷は一般の人間には理解しがたいものが殆どだ。何の予備知識も無ければ、京介が担ぎ込まれた時のように一騒動起きるのが当たり前なのだ。となれば、成るべく一般の目には触れさせない方が良い。その配慮から、猛士に協力する病院への搬入は一通りの段取りが存在していた。
「真司、手伝ってくれ。」
ヒビキは言うが早いか車を降りて後部座席のドアを開けた。
「は、はい。」
体中に絡まっているシートベルトを慌てて外しながら真司は答える。そして急いで降車すると、同じく後部座席のドアを開けた。ふと、気になって目を上げると、目の前に病院の壁がそびえていた。
「でかい病院だなぁ・・・」
手がお留守になっている真司の様子を見て、ヒビキは声を掛けた。
「此処は俺達の・・・おっと、今から言うのも、」
「決して口外するな、でしょ?」
ヒビキの言葉を遮って真司がニヤリとしながら答えた。もう何も余計な説明をしなくても理解してくれるのが嬉しくて、ヒビキは思わず微笑んだ。それを見た真司の口元から再び笑みが毀れる。
だが、巧を運ぶのを手伝いながら真司はポツリと呟いた。
「どうせ言ったって、誰も信じてくれないよ・・・」
優しくも力強いヒビキの言葉が香須実に問うと、やっとの思いといった風で答えが返ってきた。
「命は取り留めたんだけど・・・全身酷い火傷で、入院したって・・・」
「いつもの病院か?」
「ええ・・・」
「じゃあ俺が代わりに言ってくる。」
そう言いながらヒビキは香須実が準備していた荷物を引き取る。
「でも・・・」
「実はもう一人、お世話になるのが居てね。」
「え?」
「病院に連絡しといてくれ、俺がもう一人急患を連れて行くって。頼むよ。」
決めポーズもそこそこに出て行くヒビキの背中を目で追いながらも、香須実それを引き止められないでいた。しかし今は取り敢えずヒビキに任せようと気を取り直し、香須実は受話器を取り上げる。
慌しく車に乗り込むと、ヒビキは間髪入れずに車を出発させた。
「ヒビキさん、俺、待ってる間に思ったんだけど、こいつ、保険証とか持ってるのかな?てゆーか、持ってたとしても、病院で何て説明するんすか?得体の知れない化け物にやられたって言うんすか?」
真司は身体中突っ張りながら叫ぶ様にヒビキに聞いてきた。
「大丈夫だ。真司が心配してる事を全てふっ飛ばして診察してくれる病院があるんだ。」
「まじっすか?」
ヒビキが答えた内容もそうだが、運転に集中してどうせ答えてなんかくれないだろうと思っていた真司は酷く驚いた。暫く運転していた事で慣れてきたのかもしれないとその顔を覗いてみたら・・・相変わらず険しい表情で前方を凝視していた。それを確認すると、まだまだ完全に安心できないと真司は思い直した。
「だけど、これも俺の秘密の一つなんだ。決して誰にも言わないでくれよ。」
「はい。」
「ところで、巧くんの様子はどうだ?」
チラッとも振り向けないヒビキの代わりに真司が後部座席に若干身を乗り出して確認する。
「相変わらずっす。微動だにしないけど、息はしてます。」
もしかして運転に慣れてきたのは真司の方かもしれない。
「そっか・・・」
「てゆーか、ヒビキさん?」
「ん?」
「何でこいつは“くん”付けで、俺は呼び捨てなんですか?」
「何だ、焼きもちか?」
「いや、別にそんなんじゃ・・・」
「雰囲気だよ、雰囲気。男がいちいち細かい事気にするな。」
「・・・」
ムスっとした顔をして真司は口を噤んだ。見なくてもその表情が雰囲気で分かったヒビキはクスリとした。
程なくして、ヒビキの運転する車は病院に到着する。一般の患者が往来する正面ではなくて、救急車や関係者が出入りする裏口に車を停める。
真司は何故こんな処に停めるのだろうと不思議に思ったが、ヒビキには何か考えがあるのかもしれないと、敢えて問い質しはしなかった。
しかしそれは的を得ていた。鬼達の負傷は一般の人間には理解しがたいものが殆どだ。何の予備知識も無ければ、京介が担ぎ込まれた時のように一騒動起きるのが当たり前なのだ。となれば、成るべく一般の目には触れさせない方が良い。その配慮から、猛士に協力する病院への搬入は一通りの段取りが存在していた。
「真司、手伝ってくれ。」
ヒビキは言うが早いか車を降りて後部座席のドアを開けた。
「は、はい。」
体中に絡まっているシートベルトを慌てて外しながら真司は答える。そして急いで降車すると、同じく後部座席のドアを開けた。ふと、気になって目を上げると、目の前に病院の壁がそびえていた。
「でかい病院だなぁ・・・」
手がお留守になっている真司の様子を見て、ヒビキは声を掛けた。
「此処は俺達の・・・おっと、今から言うのも、」
「決して口外するな、でしょ?」
ヒビキの言葉を遮って真司がニヤリとしながら答えた。もう何も余計な説明をしなくても理解してくれるのが嬉しくて、ヒビキは思わず微笑んだ。それを見た真司の口元から再び笑みが毀れる。
だが、巧を運ぶのを手伝いながら真司はポツリと呟いた。
「どうせ言ったって、誰も信じてくれないよ・・・」
2009年05月11日
番外編「オルフェノク覚醒」
気が遠くなるほど遥か昔、「闇の力」が人に与えた“アギトの力”を抑える種は、“忌み子の血”と交わる事でその効力を徐々に失っていた。
新たな文明が興り、その進化が飽和状態になっていた頃、人間の愚行によって封印されていたグロンギが目覚めた。リントの子孫である人間を相手に再びゲゲルを開始したが、クウガの遺志を継ぐ者によってゲゲルは度々邪魔され、挙句の果てにはン・ダグバ・ゼバまでがクウガに倒される羽目となった。
「金のエル」をも倒す“アギトの力”を目の当たりにした「火のエル」は、「闇の力」の懸念する状態が遠からず訪れるのではないかと予感していた。即ち、全リントの“アギトの力”の覚醒である。
「火のエル」は雲間に散らして隠していた実体を現すと、地球上全てに気を配った。
やがて最初のアギトが現れたが、それは女性であった。
「火のエル」はすぐさまにその元へ駆け付け様子を見ていたが、彼女は変化に耐えきれず、自ら命を絶った。
アギトの出現とその顛末により、「闇の力」の命令を実行する時が来たと「火のエル」は実感した。
先ずは素質のある者を探し出し、“オルフェノクの種”を発芽させた。その者は覚醒に耐え、見事な変貌を遂げた。
「火のエル」はその者に知識を与えた。“オルフェノク”とは造物主に選ばれた新しい進化の形である事、仲間を増やすには種を発芽させる― オルフェノクの間では「使徒再生」と呼ばれる ―事、“アギトの力”を顕現させかけている者は発芽に耐えられず死んでしまう事、そして、オルフェノク化は急激な進化でもある為、無理で不安定な状態である事を告げた。
最初のオルフェノクは複合企業の社長であり孤児院も運営していたので、彼のアイデアの元、オルフェノク繁栄への試行が様々な形で行われた。
「火のエル」は暫くの間は最初のオルフェノクと共に有り見守っていた。だが「闇の力」の受肉を感じるとすぐに駆け付けた。しかし、随分と久し振りに目通りを叶った「闇の力」からの命令は“何があってもオルフェノクを見守り導け”といったものだった。
「火のエル」は「闇の力」の元を離れ、オルフェノクと共に有った。その為に「水のエル」「地のエル」「風のエル」とアギトに倒され、「闇の力」の肉体をも滅ぼされた事には耐え忍んだ。
「火のエル」は「闇の力」の再度の目覚めの時の為に、オルフェノクの指導に力を注いだ。時には自ら発芽をさせ、その数を徐々にだが増やしていった。
ある程度の個体数を得たオルフェノクは力量による上下関係や、先達が後進に指導をするといった独自の組織体制を形作った。それは「火のエル」の手から離れて、自分達だけで繁栄の道を歩み始めた証となる。
「火のエル」はそれを見留めると空へ帰っていった。
今の「闇の力」の意思は“人類を見守る”事だ。自発的に進化し始めたものは、ある程度成り行きに任せた方が良い。過分な干渉は進化の道を外す可能性もある。
それに天使の立場上、強制的にでも手を加えなければならない時は滅びに向かって進み始めた時だけだ。
再び「闇の力」のお召しがあるまで静かに見守ろうと「火のエル」が意識までも空に散らせた直後、オルフェノク達が恐れながらも待ち望んでいた“オルフェノクの王”の誕生が、1人の人間と2人のオルフェノクのせいで断念させられた。
だがそれは明確な滅びへの指針ではなかった為、「火のエル」は姿を現す事は無かった。
守護者と指導者を失った新人類は、旧人類の世界でひっそりと暮らす事を余儀なくされた。そしてそれは、未来からの誘惑が訪れるまで続いていた・・・
新たな文明が興り、その進化が飽和状態になっていた頃、人間の愚行によって封印されていたグロンギが目覚めた。リントの子孫である人間を相手に再びゲゲルを開始したが、クウガの遺志を継ぐ者によってゲゲルは度々邪魔され、挙句の果てにはン・ダグバ・ゼバまでがクウガに倒される羽目となった。
「金のエル」をも倒す“アギトの力”を目の当たりにした「火のエル」は、「闇の力」の懸念する状態が遠からず訪れるのではないかと予感していた。即ち、全リントの“アギトの力”の覚醒である。
「火のエル」は雲間に散らして隠していた実体を現すと、地球上全てに気を配った。
やがて最初のアギトが現れたが、それは女性であった。
「火のエル」はすぐさまにその元へ駆け付け様子を見ていたが、彼女は変化に耐えきれず、自ら命を絶った。
アギトの出現とその顛末により、「闇の力」の命令を実行する時が来たと「火のエル」は実感した。
先ずは素質のある者を探し出し、“オルフェノクの種”を発芽させた。その者は覚醒に耐え、見事な変貌を遂げた。
「火のエル」はその者に知識を与えた。“オルフェノク”とは造物主に選ばれた新しい進化の形である事、仲間を増やすには種を発芽させる― オルフェノクの間では「使徒再生」と呼ばれる ―事、“アギトの力”を顕現させかけている者は発芽に耐えられず死んでしまう事、そして、オルフェノク化は急激な進化でもある為、無理で不安定な状態である事を告げた。
最初のオルフェノクは複合企業の社長であり孤児院も運営していたので、彼のアイデアの元、オルフェノク繁栄への試行が様々な形で行われた。
「火のエル」は暫くの間は最初のオルフェノクと共に有り見守っていた。だが「闇の力」の受肉を感じるとすぐに駆け付けた。しかし、随分と久し振りに目通りを叶った「闇の力」からの命令は“何があってもオルフェノクを見守り導け”といったものだった。
「火のエル」は「闇の力」の元を離れ、オルフェノクと共に有った。その為に「水のエル」「地のエル」「風のエル」とアギトに倒され、「闇の力」の肉体をも滅ぼされた事には耐え忍んだ。
「火のエル」は「闇の力」の再度の目覚めの時の為に、オルフェノクの指導に力を注いだ。時には自ら発芽をさせ、その数を徐々にだが増やしていった。
ある程度の個体数を得たオルフェノクは力量による上下関係や、先達が後進に指導をするといった独自の組織体制を形作った。それは「火のエル」の手から離れて、自分達だけで繁栄の道を歩み始めた証となる。
「火のエル」はそれを見留めると空へ帰っていった。
今の「闇の力」の意思は“人類を見守る”事だ。自発的に進化し始めたものは、ある程度成り行きに任せた方が良い。過分な干渉は進化の道を外す可能性もある。
それに天使の立場上、強制的にでも手を加えなければならない時は滅びに向かって進み始めた時だけだ。
再び「闇の力」のお召しがあるまで静かに見守ろうと「火のエル」が意識までも空に散らせた直後、オルフェノク達が恐れながらも待ち望んでいた“オルフェノクの王”の誕生が、1人の人間と2人のオルフェノクのせいで断念させられた。
だがそれは明確な滅びへの指針ではなかった為、「火のエル」は姿を現す事は無かった。
守護者と指導者を失った新人類は、旧人類の世界でひっそりと暮らす事を余儀なくされた。そしてそれは、未来からの誘惑が訪れるまで続いていた・・・
2009年04月24日
番外編「グロンギ異聞」其の参
とある山中に差し掛かった時、集団の前に魔化魍の前触れである1対の人形が現れた。
リントの集団は恐れ戦き、一目散にもと来た道を下っていった。しかし、地の中から現れた魔化魍が行く手を阻んだ。
長は子に闘う様に指示を出す。それに合わせる様に他のリントも煽るが、子は闘う意思を表さなかった。母親が懇願すると、やっとといった体で変身し、魔化魍に向かっていった。
闘い慣れしている訳でもなく、丸腰の子に勝機は伺えない。人形はやっとの思いで倒したが魔化魍は防ぎきれなかった。リントの集団はその半分を魔化魍に食われてしまった。
尊い犠牲のお陰で逃げ遂せたリント達は、安全な場所まで来たと確信すると全員その場にへたり込んだ。久々の危機に直面して、改めてグロンギの青年の有難さを噛み締めた。
その中から一人の女性が立ち上がり、覚束ない足取りで仲間を掻き分け、血塗れの体を母親に手当てして貰っている子の前に立ちはだかった。そして子に向かって罵詈雑言を投げかけ手を上げた。
母親は子を庇い、周りに居たリント達は慌ててその女性を止めた。騒ぎに気付いた長が間に入り詳細を聞くと、闘いの最中に子はその女性の夫を魔化魍の方へ押し出し、その為に食われてしまったと泣きながら訴えた。
それが事実かと長は問うたが、子は目を伏せ、何も答えなかった。母親は必死になって子を庇ったが、証言とその態度によって有罪であることが確定した。
実は、子の行動には理由があった。その女性の夫は、常々母親を虐げていたリントであった。魔化魍に食われてしまったリントの殆どが、大なり小なり、母親に辛く当たっていたリントである。
まだ幼い故に、使命よりも情を優先させてしまった結果だった。
子は言葉が達者でなかったから真実を伝える機会を失してしまっていたが、もし全てを伝えていたならもっと酷い目に遭っていただろう。
長の下した判断は、子の集団からの追放だった。
母親も子と一緒に集団から離れると言ったが、仲間の数が激減してしまった今、リントは1人でも多い方が良いとの長の決定により、親子は引き離される事となった。
子は巨木の幹に雁字搦めに縛られ放置された。離れゆく母親の背に慟哭が投げ付けられる。
母親も悲しみに引き裂かれそうになりながらも抗う術は何もなく、残酷な運命に身を委ねていた。
数日後、不思議な事が起きた。
目覚めた母親の側に、彼女の好きな木の実が置かれていた。誰が置いたのだろうと聞いて回るが該当する者がいない。
下世話な邪推をする者もいたが、以前から集団の中では隅にいて他者と交流を持たない様にしていた母親の好みを知っている者など居るはずがなかった。
不思議な贈り物は数日続き、ある夜、母親は寝た振りをして送り主の正体を暴こうと思った。やがて、明け方に何かの気配がした。意を決して目を開くと、そこには追放された我が子が居た。
お互いとても驚いたが、久し振りの再会に心から喜んだ。
子に聞くと、母親の姿が見えなくなると力任せに戒めを解き、集団の後を追ったのだと言う。
リントの大人でも容易に解けない戒めを簡単に砕く事が出来た子に今更ながら戦慄を覚えた。だが、愛しいと思う気持ちが圧倒的に勝っている為、母親は子を力一杯抱きしめた。そして親子の絆を確認し合うのだった。
しかし、これは決して許されない事だ。集団で暮らす身にとって長の決定は絶対だ。そうでなければ生活が破綻する。
母親は子に渾身の説得を試みた。だが子は首を縦には振らない。そうするうち、他のリントに子が居る事が気付かれてしまう。
長の前に引き出された子は周囲のリントに憎悪は撒き散らす訳でもなく、恐ろしいまでにされるがままであった。
戒めを解いてしまうのであれば、子を“忌み子”として処分するしかないと、長は苦渋の決断をした。手足を丈夫な蔦で縛った上、更に体中を蔦で巻き、深く掘り下げた穴の中に突き落とすと上から土を掛けて生き埋めにした。その作業の間中、母親の心を引き裂かんばかりの慟哭が響いていた。
全てが終わった後、集団はその場から速やかに立ち去った。
ややあって、このリントの集団も「闇の力」の意思の元に、全員命を落とす事となった。
そして魔化魍を洗い流す大洪水が去った後、土の中から子が這い出してきた。流石にボロボロな状態であったが、その目は紅蓮の炎が燃え盛っている様な輝きを湛えていた。
リントからは“忌み子”と、自身は知り得なかったが、グロンギからは“鬼の子”と呼ばれる存在である子の生命力の強さたるや、「闇の力」が恐れるのも宜なるかな。
彼は這いつくばりながら食べ物を求め、身に成る者は何でも口にした。そして母と仲間を求め、更には仇であるグロンギと魔化魍を倒す為に歩き出した。
後年、彼は人と出会い子孫を成したという。そして、以下の口伝を後々まで伝えよと残したそうだ。
“その身に纏う力は決して人前で現してはならぬ”
“新たな脅威が出現するまで体を鍛えよ”
“鉄(くろがね)の獣に化ける人には気をつけよ”
リントの集団は恐れ戦き、一目散にもと来た道を下っていった。しかし、地の中から現れた魔化魍が行く手を阻んだ。
長は子に闘う様に指示を出す。それに合わせる様に他のリントも煽るが、子は闘う意思を表さなかった。母親が懇願すると、やっとといった体で変身し、魔化魍に向かっていった。
闘い慣れしている訳でもなく、丸腰の子に勝機は伺えない。人形はやっとの思いで倒したが魔化魍は防ぎきれなかった。リントの集団はその半分を魔化魍に食われてしまった。
尊い犠牲のお陰で逃げ遂せたリント達は、安全な場所まで来たと確信すると全員その場にへたり込んだ。久々の危機に直面して、改めてグロンギの青年の有難さを噛み締めた。
その中から一人の女性が立ち上がり、覚束ない足取りで仲間を掻き分け、血塗れの体を母親に手当てして貰っている子の前に立ちはだかった。そして子に向かって罵詈雑言を投げかけ手を上げた。
母親は子を庇い、周りに居たリント達は慌ててその女性を止めた。騒ぎに気付いた長が間に入り詳細を聞くと、闘いの最中に子はその女性の夫を魔化魍の方へ押し出し、その為に食われてしまったと泣きながら訴えた。
それが事実かと長は問うたが、子は目を伏せ、何も答えなかった。母親は必死になって子を庇ったが、証言とその態度によって有罪であることが確定した。
実は、子の行動には理由があった。その女性の夫は、常々母親を虐げていたリントであった。魔化魍に食われてしまったリントの殆どが、大なり小なり、母親に辛く当たっていたリントである。
まだ幼い故に、使命よりも情を優先させてしまった結果だった。
子は言葉が達者でなかったから真実を伝える機会を失してしまっていたが、もし全てを伝えていたならもっと酷い目に遭っていただろう。
長の下した判断は、子の集団からの追放だった。
母親も子と一緒に集団から離れると言ったが、仲間の数が激減してしまった今、リントは1人でも多い方が良いとの長の決定により、親子は引き離される事となった。
子は巨木の幹に雁字搦めに縛られ放置された。離れゆく母親の背に慟哭が投げ付けられる。
母親も悲しみに引き裂かれそうになりながらも抗う術は何もなく、残酷な運命に身を委ねていた。
数日後、不思議な事が起きた。
目覚めた母親の側に、彼女の好きな木の実が置かれていた。誰が置いたのだろうと聞いて回るが該当する者がいない。
下世話な邪推をする者もいたが、以前から集団の中では隅にいて他者と交流を持たない様にしていた母親の好みを知っている者など居るはずがなかった。
不思議な贈り物は数日続き、ある夜、母親は寝た振りをして送り主の正体を暴こうと思った。やがて、明け方に何かの気配がした。意を決して目を開くと、そこには追放された我が子が居た。
お互いとても驚いたが、久し振りの再会に心から喜んだ。
子に聞くと、母親の姿が見えなくなると力任せに戒めを解き、集団の後を追ったのだと言う。
リントの大人でも容易に解けない戒めを簡単に砕く事が出来た子に今更ながら戦慄を覚えた。だが、愛しいと思う気持ちが圧倒的に勝っている為、母親は子を力一杯抱きしめた。そして親子の絆を確認し合うのだった。
しかし、これは決して許されない事だ。集団で暮らす身にとって長の決定は絶対だ。そうでなければ生活が破綻する。
母親は子に渾身の説得を試みた。だが子は首を縦には振らない。そうするうち、他のリントに子が居る事が気付かれてしまう。
長の前に引き出された子は周囲のリントに憎悪は撒き散らす訳でもなく、恐ろしいまでにされるがままであった。
戒めを解いてしまうのであれば、子を“忌み子”として処分するしかないと、長は苦渋の決断をした。手足を丈夫な蔦で縛った上、更に体中を蔦で巻き、深く掘り下げた穴の中に突き落とすと上から土を掛けて生き埋めにした。その作業の間中、母親の心を引き裂かんばかりの慟哭が響いていた。
全てが終わった後、集団はその場から速やかに立ち去った。
ややあって、このリントの集団も「闇の力」の意思の元に、全員命を落とす事となった。
そして魔化魍を洗い流す大洪水が去った後、土の中から子が這い出してきた。流石にボロボロな状態であったが、その目は紅蓮の炎が燃え盛っている様な輝きを湛えていた。
リントからは“忌み子”と、自身は知り得なかったが、グロンギからは“鬼の子”と呼ばれる存在である子の生命力の強さたるや、「闇の力」が恐れるのも宜なるかな。
彼は這いつくばりながら食べ物を求め、身に成る者は何でも口にした。そして母と仲間を求め、更には仇であるグロンギと魔化魍を倒す為に歩き出した。
後年、彼は人と出会い子孫を成したという。そして、以下の口伝を後々まで伝えよと残したそうだ。
“その身に纏う力は決して人前で現してはならぬ”
“新たな脅威が出現するまで体を鍛えよ”
“鉄(くろがね)の獣に化ける人には気をつけよ”
2009年04月23日
番外編「グロンギ異聞」其の弐
ある日、いつもの様に撃退したグロンギが不思議な事を漏らした。ゲゲルや青年に制裁を加えるよりも重要な事があるのだと。
最初はその意味が分からなかったが、よくよく考えてみれば思い当たる節がある。逃亡を始めた頃に比べて魔化魍と出会う確率は変わらないのに対し、グロンギに出会う確率が激減していたのだ。
もし、何かの理由があってゲゲルが行われなくなるのであれば、妻子も含めて、今では仲間となったリント達も助かるのだ。
青年は妻やリントの長の制止を振り切って真偽を確かめに出掛けた。
青年は真っ直ぐにある場所を目指した。そこは「闇の力」を奉り、ン・ダグハ・ゼバが常に座す、グロンギの中心とも言える聖なる神殿であった。お尋ね者の青年にとっては大変危険な場所ではあるが、正確な情報を得るには此処しかない。
陽が何度も昇り、沈みを繰り返すのも構わず、青年は走り続けた。
やっとの思いで神殿に辿り着くと、離れた場所からでも分かるくらい騒然とした気配に包まれていた。青年は慎重に慎重を重ね、少しずつ神殿に近づいた。すると外周を取り巻く垣根の近くで会話するグロンギ達の声が聞こえてきた。
意識を集中して耳をそばだてると、「闇の力」が恐れていたクウガが出現し、既に何体ものグロンギが封印されてるといったものだと分かった。
それを聞いた青年の心の中に得も言われぬ喜びが湧き上がってきた。既に青年の中では「闇の力」は崇める対象ではなく、起源を同じにするグロンギは只の敵だった。彼の仲間は、今はあのリント達だけである。
“もしかしたら、大切な仲間達は助かるかもしれない・・・”
青年は嬉々として家路についた。
しかし、新たなる悲劇が青年を襲った。
喜びの余り緊張感が切れたのだろう、走り出して間もなく、青年はグロンギに見付かってしまった。
見るところ下位集団の様であるし、脚には自信があった。青年は無駄に闘わず、逃げる方を選択した。
だが、その前にとてつもなく大きな壁が立ちはだかった。偶さか神殿に戻っていたラ・バルバ・デが騒ぎを聞きつけ、メ・バヂス・バを使役して追い付いてきたのだ。
雌体とはいえゲゲル進行を司る身だ。力の差は歴然だった。
抵抗空しく、青年は“ゴ・ガミオ・ダ”というグロンギ名と共に、ラ・バルバ・デに命を奪われてしまった。
一方、リントの集団の中で、かの青年の妻子は心細い想いをしていた。守護者が不在であるというのもあるが、青年の姿が見えなくなった途端に妻子に辛く当たるリントがいたからである。
長はそれを戒めたが、流石に何日も戻ってこないともなると疑心が湧いてくる。もしやグロンギに戻って、自分達のことを同族に密告しているのではないかと訴える者にも、明確な否定を示すことが出来なくなっていた。
そして、運悪くグロンギの襲撃を受けてしまった時に最後の悲劇が訪れた。
グロンギの青年が不在である以上、リントの集団は只々逃げるしかなかった。しかし追手は執念深く、中々振り切れずにいた。殿を守っていたリントが倒され、その前にいた青年の妻に延びたグロンギの爪を振り払ったのは他でもない、青年の子だった。
見た目は、やっと言葉が喋れるくらいの年恰好だったが、襲撃者を前にして仁王立ちになる様は父親にそっくりだった。
そして、怒りが引き金となり、初めてその姿を変貌させる。その姿はグロンギとはどこか違い、その場に居たものは知る由もないが、クウガともまた違った風貌であった。
まるで甲虫の様に体が照り輝き、目や口といった器官は顔から消え、その替わりに額から角が生えていた。
子は獣の様に嘶きながらグロンギに向かっていき、一撃でそれを倒した。
一先ずの脅威は去ったが、リントの集団の中に新たな混乱が生まれた。守護者であったグロンギの青年が戻らない以上、その子を次の守護者に据えるべきだと訴える派と、物も分からない年頃である子が暴れたら一溜りもないから追放するべきだとする派に分かれての論議が展開された。
リントの長は、暫く様子を見て、子が脅威となるなら追放すべしとの結論を出した。
暫くグロンギの襲撃もなく平和な日々が続いたが、集団の中には何とも言えない気まずい空気が漂っていた。
最初はその意味が分からなかったが、よくよく考えてみれば思い当たる節がある。逃亡を始めた頃に比べて魔化魍と出会う確率は変わらないのに対し、グロンギに出会う確率が激減していたのだ。
もし、何かの理由があってゲゲルが行われなくなるのであれば、妻子も含めて、今では仲間となったリント達も助かるのだ。
青年は妻やリントの長の制止を振り切って真偽を確かめに出掛けた。
青年は真っ直ぐにある場所を目指した。そこは「闇の力」を奉り、ン・ダグハ・ゼバが常に座す、グロンギの中心とも言える聖なる神殿であった。お尋ね者の青年にとっては大変危険な場所ではあるが、正確な情報を得るには此処しかない。
陽が何度も昇り、沈みを繰り返すのも構わず、青年は走り続けた。
やっとの思いで神殿に辿り着くと、離れた場所からでも分かるくらい騒然とした気配に包まれていた。青年は慎重に慎重を重ね、少しずつ神殿に近づいた。すると外周を取り巻く垣根の近くで会話するグロンギ達の声が聞こえてきた。
意識を集中して耳をそばだてると、「闇の力」が恐れていたクウガが出現し、既に何体ものグロンギが封印されてるといったものだと分かった。
それを聞いた青年の心の中に得も言われぬ喜びが湧き上がってきた。既に青年の中では「闇の力」は崇める対象ではなく、起源を同じにするグロンギは只の敵だった。彼の仲間は、今はあのリント達だけである。
“もしかしたら、大切な仲間達は助かるかもしれない・・・”
青年は嬉々として家路についた。
しかし、新たなる悲劇が青年を襲った。
喜びの余り緊張感が切れたのだろう、走り出して間もなく、青年はグロンギに見付かってしまった。
見るところ下位集団の様であるし、脚には自信があった。青年は無駄に闘わず、逃げる方を選択した。
だが、その前にとてつもなく大きな壁が立ちはだかった。偶さか神殿に戻っていたラ・バルバ・デが騒ぎを聞きつけ、メ・バヂス・バを使役して追い付いてきたのだ。
雌体とはいえゲゲル進行を司る身だ。力の差は歴然だった。
抵抗空しく、青年は“ゴ・ガミオ・ダ”というグロンギ名と共に、ラ・バルバ・デに命を奪われてしまった。
一方、リントの集団の中で、かの青年の妻子は心細い想いをしていた。守護者が不在であるというのもあるが、青年の姿が見えなくなった途端に妻子に辛く当たるリントがいたからである。
長はそれを戒めたが、流石に何日も戻ってこないともなると疑心が湧いてくる。もしやグロンギに戻って、自分達のことを同族に密告しているのではないかと訴える者にも、明確な否定を示すことが出来なくなっていた。
そして、運悪くグロンギの襲撃を受けてしまった時に最後の悲劇が訪れた。
グロンギの青年が不在である以上、リントの集団は只々逃げるしかなかった。しかし追手は執念深く、中々振り切れずにいた。殿を守っていたリントが倒され、その前にいた青年の妻に延びたグロンギの爪を振り払ったのは他でもない、青年の子だった。
見た目は、やっと言葉が喋れるくらいの年恰好だったが、襲撃者を前にして仁王立ちになる様は父親にそっくりだった。
そして、怒りが引き金となり、初めてその姿を変貌させる。その姿はグロンギとはどこか違い、その場に居たものは知る由もないが、クウガともまた違った風貌であった。
まるで甲虫の様に体が照り輝き、目や口といった器官は顔から消え、その替わりに額から角が生えていた。
子は獣の様に嘶きながらグロンギに向かっていき、一撃でそれを倒した。
一先ずの脅威は去ったが、リントの集団の中に新たな混乱が生まれた。守護者であったグロンギの青年が戻らない以上、その子を次の守護者に据えるべきだと訴える派と、物も分からない年頃である子が暴れたら一溜りもないから追放するべきだとする派に分かれての論議が展開された。
リントの長は、暫く様子を見て、子が脅威となるなら追放すべしとの結論を出した。
暫くグロンギの襲撃もなく平和な日々が続いたが、集団の中には何とも言えない気まずい空気が漂っていた。
2009年04月22日
番外編「グロンギ異聞」其の壱
そしてもう一つ、「闇の力」の意思に反する因子があった。
グロンギがリントを滅している頃、決して有ってはならない事件が起きていた。あろう事か、グロンギの雄の一人がリントの雌を愛してしまったのである。
リントを滅するのが造物主から与えられたグロンギの使命であるのに、それを愛してしまうとは己の存在理由を根底から否定する行為である。そして何より、造物主の意に反する。
「闇の力」の怒りを恐れるあまり、グロンギ達はその事をン・ダグバ・ゼバにはおろか他のエルロード達にもひた隠しに隠し、自分達だけで処理をしようと決めた。
痴れ者による不祥事を知ってグロンギの中で一番激高したのは、「闇の力」やエルロード達から「誇り高き花」と称えられたラ・バルバ・デであった。怒り出した彼女はゴ・ガドル・バですら容易に押し留められない程だった。
崇拝する「闇の力」に唾を吐く行為を決して許せないと、ゲゲルを進行させる役目を放り出してまで成敗すると言って聞かなかった。
グロンギは他種族とは交われない筈だった。造物主からそう聞かされていたし、不滅の肉体を持ち、種の保存本能を遥かに凌駕する戦闘欲求に支配されている影響で同族同士でも滅多に交わらないのだ。それ故、わざわざ他種族と交わってみようという考えはある筈が無かった。
何がきっかけでそうなったのかは分からないが、自分が禁忌を犯している事を承知の上で、そのグロンギの青年はリントの娘を愛してしまった。
元々は同じ“人”から派生した種族同士だ、心を通わせる事など造作も無い。
青年は必死で娘の事を隠していたが、彼女との間に子が生まれてから悲劇が始まった。
先ずは青年の、グロンギの命とも言える戦闘本能が失われた。これは父性を始めとした“愛情”が顕現したせいであると考えられる。
それと、彼は妻子を養い守る為にかなりの時間を裂かなければならなかった。リントの娘はグロンギの子を産んだ咎で既に村落を追放され、その折に深い怪我を負っていたのだ。
自然と、ゲゲルに参加するのが難しくなってくる。グロンギの大命題であるゲゲルを行わずにしょっちゅう行方を暗ましていれば、仲間達に怪しまれるのも当然だ。
暫くあって、彼のふとした気の緩みが元で、仲間を騙してまで隠し通していた秘密が明るみに出てしまった。下位集団と油断していた相手に隠れ家を見付けられてしまったのだ。
報告を受けたラ・バルバ・デがその場に向かうも、グロンギの青年もこうなる事は予測していたのだろう、そこには影も形も無かった。
ゲゲルはラ・ドルド・グに任せて、ラ・バルバ・デは執拗に裏切り者を追った。
グロンギの青年は妻子を連れて新たな隠れ家を探すうちに、とあるリントの集団と偶然出会う。このリント達はグロンギの襲撃を避ける為に村を捨て、必要最低限の家畜や家財のみを持ち歩いて各地を転々としていた。今で言うジプシーや放牧民の様な生活形態である。
「木を隠すには森の中」という諺があったかどうかは知らないが、今まで見た事もない合理的な生活様式を持つ彼らと行動を共にすれば妻子だけでも追っ手から逃れられると感じた青年は、自分が身を挺して集団を守る代わりに妻子を迎え入れて欲しいと懇願した。
だが、グロンギの言う事なぞ端から信用できないリント達は彼らを冷たくあしらった。
しかし青年は諦めなかった。妻子を庇いつつも常に集団に連いてまわり、グロンギの脅威が感じられる時には先に立って露払いをし、宿営地を襲いに来たグロンギを自ら傷付きながらも撃退してみせた。
青年の忠実な努力は、何度目かの宿営地への襲撃を退けた時に報われた。集団の長が条件付きだが彼らを迎え入れる事を承知した。
その条件とは、迎え入れるのは妻子のみで、青年は引き続き集団を守るが生活は別にするといった少々厳しいものだった。
元より青年は条件に意義を唱えるつもりは無く、グロンギとしては有り得ないのだが、彼は涙を流し、頭を地に擦り付けて感謝の意を表した。
その日から青年は前にも増して忠実で献身的にリントの集団を守った。昼間の移動時には叢や物陰に隠れて姿を現さずに露払いをし、野営時には寝ずの番をした。その上、妻子と会えるのは1日に1回、夜陰の中でのみと決められていた。
頼れる守護者ではあるが、集団の中には青年を恐れるリントも少なくない。必死さの現れであったのだが、自分達リントを守る為とはいえ同族であるグロンギを躊躇なく殺す青年の姿は凄まじい迫力に満ちていたからだ。
青年に不満は無かった。愛する妻子が安全に暮らしていければ、己が身に負う傷の痛みなど何でもない。不眠不休で働く事も、グロンギの強靭な肉体があれば辛くはなかった。
青年は生まれて初めて充実した毎日を送っていた。
グロンギがリントを滅している頃、決して有ってはならない事件が起きていた。あろう事か、グロンギの雄の一人がリントの雌を愛してしまったのである。
リントを滅するのが造物主から与えられたグロンギの使命であるのに、それを愛してしまうとは己の存在理由を根底から否定する行為である。そして何より、造物主の意に反する。
「闇の力」の怒りを恐れるあまり、グロンギ達はその事をン・ダグバ・ゼバにはおろか他のエルロード達にもひた隠しに隠し、自分達だけで処理をしようと決めた。
痴れ者による不祥事を知ってグロンギの中で一番激高したのは、「闇の力」やエルロード達から「誇り高き花」と称えられたラ・バルバ・デであった。怒り出した彼女はゴ・ガドル・バですら容易に押し留められない程だった。
崇拝する「闇の力」に唾を吐く行為を決して許せないと、ゲゲルを進行させる役目を放り出してまで成敗すると言って聞かなかった。
グロンギは他種族とは交われない筈だった。造物主からそう聞かされていたし、不滅の肉体を持ち、種の保存本能を遥かに凌駕する戦闘欲求に支配されている影響で同族同士でも滅多に交わらないのだ。それ故、わざわざ他種族と交わってみようという考えはある筈が無かった。
何がきっかけでそうなったのかは分からないが、自分が禁忌を犯している事を承知の上で、そのグロンギの青年はリントの娘を愛してしまった。
元々は同じ“人”から派生した種族同士だ、心を通わせる事など造作も無い。
青年は必死で娘の事を隠していたが、彼女との間に子が生まれてから悲劇が始まった。
先ずは青年の、グロンギの命とも言える戦闘本能が失われた。これは父性を始めとした“愛情”が顕現したせいであると考えられる。
それと、彼は妻子を養い守る為にかなりの時間を裂かなければならなかった。リントの娘はグロンギの子を産んだ咎で既に村落を追放され、その折に深い怪我を負っていたのだ。
自然と、ゲゲルに参加するのが難しくなってくる。グロンギの大命題であるゲゲルを行わずにしょっちゅう行方を暗ましていれば、仲間達に怪しまれるのも当然だ。
暫くあって、彼のふとした気の緩みが元で、仲間を騙してまで隠し通していた秘密が明るみに出てしまった。下位集団と油断していた相手に隠れ家を見付けられてしまったのだ。
報告を受けたラ・バルバ・デがその場に向かうも、グロンギの青年もこうなる事は予測していたのだろう、そこには影も形も無かった。
ゲゲルはラ・ドルド・グに任せて、ラ・バルバ・デは執拗に裏切り者を追った。
グロンギの青年は妻子を連れて新たな隠れ家を探すうちに、とあるリントの集団と偶然出会う。このリント達はグロンギの襲撃を避ける為に村を捨て、必要最低限の家畜や家財のみを持ち歩いて各地を転々としていた。今で言うジプシーや放牧民の様な生活形態である。
「木を隠すには森の中」という諺があったかどうかは知らないが、今まで見た事もない合理的な生活様式を持つ彼らと行動を共にすれば妻子だけでも追っ手から逃れられると感じた青年は、自分が身を挺して集団を守る代わりに妻子を迎え入れて欲しいと懇願した。
だが、グロンギの言う事なぞ端から信用できないリント達は彼らを冷たくあしらった。
しかし青年は諦めなかった。妻子を庇いつつも常に集団に連いてまわり、グロンギの脅威が感じられる時には先に立って露払いをし、宿営地を襲いに来たグロンギを自ら傷付きながらも撃退してみせた。
青年の忠実な努力は、何度目かの宿営地への襲撃を退けた時に報われた。集団の長が条件付きだが彼らを迎え入れる事を承知した。
その条件とは、迎え入れるのは妻子のみで、青年は引き続き集団を守るが生活は別にするといった少々厳しいものだった。
元より青年は条件に意義を唱えるつもりは無く、グロンギとしては有り得ないのだが、彼は涙を流し、頭を地に擦り付けて感謝の意を表した。
その日から青年は前にも増して忠実で献身的にリントの集団を守った。昼間の移動時には叢や物陰に隠れて姿を現さずに露払いをし、野営時には寝ずの番をした。その上、妻子と会えるのは1日に1回、夜陰の中でのみと決められていた。
頼れる守護者ではあるが、集団の中には青年を恐れるリントも少なくない。必死さの現れであったのだが、自分達リントを守る為とはいえ同族であるグロンギを躊躇なく殺す青年の姿は凄まじい迫力に満ちていたからだ。
青年に不満は無かった。愛する妻子が安全に暮らしていければ、己が身に負う傷の痛みなど何でもない。不眠不休で働く事も、グロンギの強靭な肉体があれば辛くはなかった。
青年は生まれて初めて充実した毎日を送っていた。
2009年04月21日
番外編「その後の魔化魍」
「闇の力」が深遠なる眠りに着いた後、彼の思いも寄らぬ事態が静かに進行していた。
「地のエル」が魔化魍を導こうとした時、知能が低過ぎるのと有り余る攻撃衝動のせいで1体を導くのにも非常な労力を要した。このままでは魔化魍の暴走を招きかねないと感じた「地のエル」は、魔化魍が生まれた大地よりリントと同じ姿をした人形(ひとがた)を作り出した。
それはリントの雄と雌に非常に良く似た風貌を持ち、番で1組となって自らが生まれた大地より出でる魔化魍と心を通わせて導く事が出来るものであった。
リントはこの人形を魔化魍の前触れとして恐れていた。
「地のエル」はこれらの人形を良く使い、同時に魔化魍を導く為の教育を施していた。すると、「闇の力」以外には芽生えてはならない“造物主の慈愛”が「地のエル」の中に生まれた。
人形を作り出して使役するのは「闇の力」の容認する範囲であったが、それ以上の施し ― 過剰な知恵や力を与える ― は天使としては厳に慎むべきものだった。
「地のエル」はその辺の分別は持っていたので大事には至らなかったが、自覚無いままに人形に愛情を注いでいた。その為、「闇の力」の意思である大洪水にて魔化魍と共に洗い流されるのは不憫だと感じる様になった。
それに、後の世に何かの原因で魔化魍が現れないとも限らない。その時には再び人形達の力が必要になると気付いた「地のエル」は、1対の人形を選んでその身の内に隠し、他の人形達には生まれ出でた大地の中で悠久の眠りにつくよう導いた。
やがて大洪水が去り、清浄な大地に人や動物達が降ろされると、「地のエル」は身の内から人形を出した。彼らに天使としての自分の使命を説いてその役目を引き継ぐ様に言い聞かせると野に放ち、その後「闇の力」の元へと赴いた。
自由の身と成った人形は「地のエル」の命令を大事に思いつつも、彼を慕う余りに新たな魔化魍を生み出そうとしてしまった。
何故ならば、魔化魍の監視をするのが「地のエル」の役目である以上、魔化魍が生まれれば再び姿を現してくれるかもしれないと、まるで子供の様な発想が彼らを支配していたからだ。
かくして、後に“童子”と“姫”と呼ばれるものの祖となる人形1対の、見様見真似で不完全な魔化魍を作り続ける愚行は遥かなる未来にまで及んでいく。
「地のエル」が魔化魍を導こうとした時、知能が低過ぎるのと有り余る攻撃衝動のせいで1体を導くのにも非常な労力を要した。このままでは魔化魍の暴走を招きかねないと感じた「地のエル」は、魔化魍が生まれた大地よりリントと同じ姿をした人形(ひとがた)を作り出した。
それはリントの雄と雌に非常に良く似た風貌を持ち、番で1組となって自らが生まれた大地より出でる魔化魍と心を通わせて導く事が出来るものであった。
リントはこの人形を魔化魍の前触れとして恐れていた。
「地のエル」はこれらの人形を良く使い、同時に魔化魍を導く為の教育を施していた。すると、「闇の力」以外には芽生えてはならない“造物主の慈愛”が「地のエル」の中に生まれた。
人形を作り出して使役するのは「闇の力」の容認する範囲であったが、それ以上の施し ― 過剰な知恵や力を与える ― は天使としては厳に慎むべきものだった。
「地のエル」はその辺の分別は持っていたので大事には至らなかったが、自覚無いままに人形に愛情を注いでいた。その為、「闇の力」の意思である大洪水にて魔化魍と共に洗い流されるのは不憫だと感じる様になった。
それに、後の世に何かの原因で魔化魍が現れないとも限らない。その時には再び人形達の力が必要になると気付いた「地のエル」は、1対の人形を選んでその身の内に隠し、他の人形達には生まれ出でた大地の中で悠久の眠りにつくよう導いた。
やがて大洪水が去り、清浄な大地に人や動物達が降ろされると、「地のエル」は身の内から人形を出した。彼らに天使としての自分の使命を説いてその役目を引き継ぐ様に言い聞かせると野に放ち、その後「闇の力」の元へと赴いた。
自由の身と成った人形は「地のエル」の命令を大事に思いつつも、彼を慕う余りに新たな魔化魍を生み出そうとしてしまった。
何故ならば、魔化魍の監視をするのが「地のエル」の役目である以上、魔化魍が生まれれば再び姿を現してくれるかもしれないと、まるで子供の様な発想が彼らを支配していたからだ。
かくして、後に“童子”と“姫”と呼ばれるものの祖となる人形1対の、見様見真似で不完全な魔化魍を作り続ける愚行は遥かなる未来にまで及んでいく。
2009年04月20日
番外編「闇の力のお仕事」後編
“アギトの力”は思ったよりも多くの人にばら撒かれ、エルロードだけでは人の繁殖速度に追いつけなかった。
そこで「闇の力」は、運良く“アギトの力”を得ていない人を200体程探し出し、それに力を与えた。人以外の生き物の能力と、不死に近い長い寿命と、強靭な肉体を得た者達は“グロンギ”と呼ばれる様になった。
グロンギ達が滅するのは“アギトの力”を持つ人だけでなければならないと、無差別な殺戮を避ける為に「闇の力」は再度ルールを敷いた。そしてそれを管理するのは「金のエル」と呼ばれ、「闇の力」から最も信頼されていた天使ン・ダグバ・ゼバに任された。
グロンギ達は「闇の力」が齎したルールを“ゲゲル”と呼び、不可侵にして神聖なものとして崇めた。
ン・ダグバ・ゼバの管理の元、順調に“アギトの力”を滅していったが、ある時、“アギトの力”を持つ人 ― グロンギ達は“リント”と呼ぶ ― の中から“アギトの力”を発動させた者が現れた。闘う術を知らないリントをグロンギから守る為に獅子奮迅の活躍をしたその者を、グロンギは“クウガ(戦士)”と呼び、ゲゲルの条件に「最後にクウガを倒す」と必ず取り入れる様に決めて総力を注いだ。
しかしクウガの力は凄まじく、200体は居たグロンギは逆に次々と封印されしまう有様だった。
クウガの出現によりグロンギだけでは“アギトの力”を滅するのが難しくなってきたと感じた「闇の力」は、特定の条件を満たす土地に力を与え、現存する生命を一度その土中に埋める事でリントを餌とする巨大な生命体を作り上げた。
だが、知性を持たない巨大生命体 ― 後に魔化魍と呼ばれる ― は導くものを必要としていた。その任には「地のエル」と呼ばれる天使ン・ゴビザ・ゼダが当たった。
魔化魍の働きは目覚しく、リントの殲滅は劇的に進んだ。
リントの数が一握りになった頃、クウガにより到々グロンギが全て封印されてしまった。
だが「闇の力」は既に魔化魍だけでリントを一掃出来ると確信していた為、その事は不問に付した。
そしてン・ダグバ・ゼバにクウガを倒し、遠い未来に蘇るであろうグロンギ達を見守る様に命じた。これはクウガとン・ダグバ・ゼバの相打ちにも似た封印によって実行される事となる。
やがて「闇の力」の思惑通り、リントは1組の男女を残して全て滅んだ。だがそれと同時に、グロンギや魔化魍の活動の巻き添えを喰らった“アギトの力”を持たない人までもが、その姿を地上から消してしまっていた。
ここで「闇の力」に造物主としての慈悲が出てきた。残ったリントに“アギトの力”を抑える種を植え付けて生き延びさせようと決めたのだ。
その種は、ある刺激を与えなければ決して発芽しないが、一度開花してしまえば“アギトの力”を持つ者を滅ぼしてしまうものだった。
だが、「闇の力」はその種の発芽を願ってはいなかった。種の持つ力が強大な為、その影響による不安定な進化は再びリント、いや人を破滅に導く可能性がある。
「闇の力」は「水のエル」と呼ばれる天使ン・ガルジ・ゼギに人の保護を、有事には人に植えた種を発芽させて新たな人類“オルフェノク”へと進化させ導く使命を「火のエル」と呼ばれる天使ン・ゲガド・ゼレに託した。
ちなみに、「火のエル」はかつてバトルファイトを司っていたが、アンデッドが全て封印された今、その任は解かれていた。
「闇の力」は全ての生き物と共に人を巨大な箱舟に乗せ、大洪水で魔化魍を洗い流した地上に再び降ろした。
全ての仕事を終えた「闇の力」は、常に彼の身の回りに居て警護する役目を持つ「風のエル」と呼ばれる天使ン・ジダガ・ゼグと、役目を終えた「地のエル」を身の内に納め、共に長い眠りに付いた。
再び目覚めた時に愛する人類が繁栄している事を信じて・・・
そこで「闇の力」は、運良く“アギトの力”を得ていない人を200体程探し出し、それに力を与えた。人以外の生き物の能力と、不死に近い長い寿命と、強靭な肉体を得た者達は“グロンギ”と呼ばれる様になった。
グロンギ達が滅するのは“アギトの力”を持つ人だけでなければならないと、無差別な殺戮を避ける為に「闇の力」は再度ルールを敷いた。そしてそれを管理するのは「金のエル」と呼ばれ、「闇の力」から最も信頼されていた天使ン・ダグバ・ゼバに任された。
グロンギ達は「闇の力」が齎したルールを“ゲゲル”と呼び、不可侵にして神聖なものとして崇めた。
ン・ダグバ・ゼバの管理の元、順調に“アギトの力”を滅していったが、ある時、“アギトの力”を持つ人 ― グロンギ達は“リント”と呼ぶ ― の中から“アギトの力”を発動させた者が現れた。闘う術を知らないリントをグロンギから守る為に獅子奮迅の活躍をしたその者を、グロンギは“クウガ(戦士)”と呼び、ゲゲルの条件に「最後にクウガを倒す」と必ず取り入れる様に決めて総力を注いだ。
しかしクウガの力は凄まじく、200体は居たグロンギは逆に次々と封印されしまう有様だった。
クウガの出現によりグロンギだけでは“アギトの力”を滅するのが難しくなってきたと感じた「闇の力」は、特定の条件を満たす土地に力を与え、現存する生命を一度その土中に埋める事でリントを餌とする巨大な生命体を作り上げた。
だが、知性を持たない巨大生命体 ― 後に魔化魍と呼ばれる ― は導くものを必要としていた。その任には「地のエル」と呼ばれる天使ン・ゴビザ・ゼダが当たった。
魔化魍の働きは目覚しく、リントの殲滅は劇的に進んだ。
リントの数が一握りになった頃、クウガにより到々グロンギが全て封印されてしまった。
だが「闇の力」は既に魔化魍だけでリントを一掃出来ると確信していた為、その事は不問に付した。
そしてン・ダグバ・ゼバにクウガを倒し、遠い未来に蘇るであろうグロンギ達を見守る様に命じた。これはクウガとン・ダグバ・ゼバの相打ちにも似た封印によって実行される事となる。
やがて「闇の力」の思惑通り、リントは1組の男女を残して全て滅んだ。だがそれと同時に、グロンギや魔化魍の活動の巻き添えを喰らった“アギトの力”を持たない人までもが、その姿を地上から消してしまっていた。
ここで「闇の力」に造物主としての慈悲が出てきた。残ったリントに“アギトの力”を抑える種を植え付けて生き延びさせようと決めたのだ。
その種は、ある刺激を与えなければ決して発芽しないが、一度開花してしまえば“アギトの力”を持つ者を滅ぼしてしまうものだった。
だが、「闇の力」はその種の発芽を願ってはいなかった。種の持つ力が強大な為、その影響による不安定な進化は再びリント、いや人を破滅に導く可能性がある。
「闇の力」は「水のエル」と呼ばれる天使ン・ガルジ・ゼギに人の保護を、有事には人に植えた種を発芽させて新たな人類“オルフェノク”へと進化させ導く使命を「火のエル」と呼ばれる天使ン・ゲガド・ゼレに託した。
ちなみに、「火のエル」はかつてバトルファイトを司っていたが、アンデッドが全て封印された今、その任は解かれていた。
「闇の力」は全ての生き物と共に人を巨大な箱舟に乗せ、大洪水で魔化魍を洗い流した地上に再び降ろした。
全ての仕事を終えた「闇の力」は、常に彼の身の回りに居て警護する役目を持つ「風のエル」と呼ばれる天使ン・ジダガ・ゼグと、役目を終えた「地のエル」を身の内に納め、共に長い眠りに付いた。
再び目覚めた時に愛する人類が繁栄している事を信じて・・・



